■本当はめちゃくちゃ面白い歴史読み物
歴史オンチです。知りたい気持ちはあるけど、昔の戦争とか権力闘争とか、想像力と理解が追いつかない。歴史ドラマを見ても、仰々しい演技がワンパターンで飽きる。
そんな難攻不落の歴史オンチである私を歴史好きにさせてくれたのが、白蔵盈太さんの『義経じゃないほうの源平合戦』。
頼朝と義経は有名人ですが、真ん中の範頼(のりより)は存在感薄いですよね。範頼は母親が女郎ということで格もちょい落ち、地味で戦下手?らしいのですが、この範頼が、源氏再興に影ながらコツコツ貢献していたという話。
ストーリーとしては面白いはずなのですが、多くの歴史読み物は事実ベースの記述が多くて、だんだんとついていけなくなるのが私の常。
…ですが、白蔵本は非常にリアルで現代小説さながらに、登場人物の心境や迷いをわかりやすく等身大で表現されているので、登場人物の行動原理や道理が理解・共感できて、すいすい読めるのです。
「一の谷の戦い」で平家派に勝利した義経だけど、勝手に京都で後白河法皇と仲良くなってしまうなど勝手気ままにに振る舞い、鎌倉にいる兄・頼朝との溝が生まれていきます。その後も、冷血で権力志向の強い頼朝と、自由奔放で戦の天才の義経が、どんどんすれ違っていくときの範頼の心境。
「頼朝兄さまと義経という、才能に溢れた癖が強すぎる二人の兄弟の間に生まれついた自分の運命を、げっそりとした疲労感とともに呪った」
「あまりにも真っ当な義経の主張に、下手くそかよ、と私はうんざりした。それでは駄目だよ義経。お前は自分の置かれた状況をちっともわかっていない」
いよいよ、頼朝と義経は決裂し、範頼は頼朝に義経討伐を命令され、忠義を問われます。
「その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが弾けた。何だよ、私を疑っているのかよアンタ。ふざけんな。ふっざけんな。例によって自分では何もせず、私に弟殺しをやらせようとするんだ」
というふうに、描写があまりに等身大w
でも、「範頼は、義経討伐の兵を挙げることを拒否した」とか「頼朝は、義経の寝返りを疑った」ぐらいの事実ベースの記述では、「え?そうなの、なんでなんで?」と理解が追いつかず、気持ちがついていかない私としては、登場人物の置かれた状況と心情がビタっと理解できてとても読みやすかったです。
また戦いの推移というのもとてもリアルに描かれていて、地図帳を引っ張り出して「琵琶湖のここらへんか」「摂津国福原とは?神戸市兵庫区あたりか。あ、福原という町名がある」などと現場検証も楽しんだのでした。
関東の人間からすると、西日本は日本史の名所名跡の宝庫で羨ましいかぎり。
■人はそれぞれ心の中に「壺中天」をもっている
こちらも読みました。『画狂老人卍 葛飾北斎の数奇なる日乗』。90歳まで絵を描き続けた江戸時代の天才絵師、葛飾北斎の小説。北斎界隈の本は何冊か読んでいますが、実は北斎の代筆をしていたとされる北斎の娘「お栄」をいきいきと描いている点で秀逸。お栄はじつは萌え…ゴホンゴホン…詳細は読んでのお楽しみ。
こちらはいわゆる歴史物(戦記物)ではないのでさらに読みやすい。
この本で知った言葉。壺中天(こちゅうてん)。
「壺中天というのは、北斎が好んで使う言葉である。――誰もが心の中に壺を持っていて、その壺の中にせっせと自分一人だけの世界をこしらえているもんだ。その壺の中に入って一人で見上げる天は、誰も邪魔することのできねえ、そいつだけの天なんだ。おめえらは自分の壺中天を大事にしろ。あと他人の壺中天を軽い気持ちでのぞき込むのはご法度だし、もし見ても絶対に笑うんじゃねえぞ」
壺中天、いいですね。私はさしづめ読書の壺の中の人でしょうか。
ちなみに著者の白蔵盈太(シロクラエイタ)さんのプロフィールは下記の通り。
1978年埼玉県生まれの一男一女の父。
メーカー勤務のかたわら、2015年頃から本格的に小説を書き始める。
2019年、Nirone名義で執筆した小説「わたしのイクメンブログ」が漫画化(全3巻・完結)。
2020年「松の廊下でつかまえて」で第3回歴史文芸賞最優秀賞を受賞(『あの日、松の廊下で』に改題し文庫化)。■著書
『あの日、松の廊下で』(文芸社)
『討ち入りたくない内蔵助』(文芸社)
『画狂老人卍 葛飾北斎の数奇なる日乗』(文芸社)
『義経じゃないほうの源平合戦』(文芸社) 文芸社HPより
なんと二足の草鞋。まだお勤めなのでしょうかね? 働きながらこれだけの小説を書くとは。まさに壺中天を持ち続ける人ですね。著書がたくさんあるので、当面かたっぱしから読んでいきたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。