■なぜ、アメリカの白人労働者は絶望しているか
J.D.ヴァンスさん、ご存じですか?
アメリカ大統領選挙に注目している人は知っているかもしれません。私はあまり注目していませんが(日本よりは機能している?アメリカの民主主義にジェラシー、そして日本のメディアが自国の選挙以上に熱く注目しているのが恥ずかしくて、結果だけ教えてくれ状態)
アメリカ議会の上院議員であるJ.D.ヴァンスさん、かつて痛烈にトランプ批判をしていたのに、いつのまにかトランプ大統領候補の傘下(副大統領候補)に収まった人らしいです。
いけすかないヤツ!腹黒!と思っていたのですが。彼が32歳、弁護士時代に著した自伝『ヒルビリー・エレジー』の書評を読んだら、「これ、絶対面白いやつ!」と断然読みたくなっちゃって読み始めました。
ヒルビリー(田舎者)とは、アイルランドから、おもにアパラチア山脈周辺のケンタッキー州やウエストバージニア州、一部ミシガン州、ペンシルバニア州などに住み着いた開拓民の末裔であり、いまだに貧しい白人労働者だと著者は定義します。
彼らはアメリカの製造業衰退によって貧困に喘ぐ白人労働者階級。ヴァンス氏自身もドラッグ、暴力などが蔓延する地域で育ち、母親も薬物中毒者で、父親は何度も変わるという劣悪な環境で育ちながら、兵役に行くことで大学進学の切符を掴み、イェール大学のロースクールに入学し、弁護士となった自身の半生を振り返る内容です。
と自らが属する階層を語るヴァンス氏。そして変えられない現実と戦いながら、どのように自分の人生を取り戻していったかが克明に語られています。とくに大きな役割を果たすのが、母方の祖父母なのですが、この祖父母が実にファンキー。
祖母は12歳のときに拳銃で人を殺しかけたことが一族の間で武勇伝的に語られています。また、著者が幼い頃に葬式で教会の椅子で眠りこけてしまい、すわっ連れ去りかと騒然となったときはこんな次第。
祖父は急いで車へ走り、44マグナムを自分用に、38スペシャルを祖母用に持ってきた。そして、祖父と祖母はそれぞれ、葬儀場の別々の出口に陣どり、車を1台1台チェックしていったのだ
アメリカ人にとって銃の存在はアイデンティティに関わるものだと思わされる記述があちこちに出てきます。
祖父母が結婚したのは、いわゆるできちゃった婚。10代半ばで駆け落ちして家庭を築きます。いわゆる日本で言うところのマイルドヤンキー(過激派)を絵に描いたような祖父母ですが、つねにヴァンスには無限の可能性があり、お前はその気になったらできる人間だと説き続けます。
■アメリカンドリームはまだ存在するか?
ヴァンス氏は、周囲の人から「お前は頭がいい」などと言われている描写はありますが、けっしてハイスクール時代は成績が良かったわけではないようです。卒業後に行き場を失って、仕方なく入ったのが海兵隊。ここでの規律正しい生活がヴァンス氏に確変を起こさせ、自分次第でなんでもできるという自信を抱き、人生が大きく変わっていきます。
しかし、イエール大学のロースクールに行っても、エリート弁護士になっても、ヴァンス氏の頭にあるのは、自分は「ヒルビリー」の一員だという負い目であり、劣等感であり、あるいは矜持(プライド)です。
そして、ヴァンスの母親がすごいのは、息子が懸命の努力でイエール大学で奮闘している時期に、とうとうヘロインに手を出してしまうことです。母親に激しい失望と怒りを抱きながらも、次第にヴァンスは母親がなぜこのような状況になってしまったのか、母親が負っている心の傷にまで思いを馳せるようになり、母親を救うべく動き始めます。
そして、ますます加速しているアメリカの格差、貧困層を救うために自分は何ができるかということを考え始めるのです。
私が知る範囲での近年のアメリカ大統領や有力政治家の多くは、富裕層・知識層の出身者ばかり、あちら側の人間です。もし、アメリカが熾烈な格差社会や貧困を解消できる可能性があるとしたら、ヴァンス氏のような政治家が活躍することしか活路はないのかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。